ツキモリの吽 file14

新鮮で素直な詩人

   

・まんげつで あったかそうな コロッケぐも

・そらきれい トンボになれて うれしそう

  

すべての川は海へ下る

けれど海はあふれない

川のはじまる源にむけて

川はふたたび帰る

   

山は今日

暖かい緑の雨は

   

春への愛を

ポケットにこめて

そして 死を

夢見ることはない

鳥は不意に歌う

天を打ち鳴らす時計のように

陸では

子どもたちは蜘蛛(くも)を愛し

髪のなかで

眠らせる

   

ゆっくりと降る雨は

川の面に音をたてる

花を揚げる

フライパンのように

そして雨のひと粒から

海洋はふたたびはじまる

この詩を絶賛していたのは、ご自身でも詩集を刊行している方でした。降る雨の音を、花を揚げる音に例えているのを「こんな風にはなかなか書けない」と感銘を受けていました。

通史に戻ります。23歳、24歳、25歳と一冊ずつ詩集を刊行しています。詩集ではあまり脚光を浴びなかったブローティガンが、一気に有名になったのが、26歳で執筆し32歳の時に刊行された『アメリカの鱒釣り』という小説です。なんと世界中で200万部も売れました。その後も小説を続けて刊行しました。そんな絶好調な時期に書かれた詩を一遍紹介します。

『象牙の塔に遮られ』      高橋源一郎訳

わたしはいまここ――喫茶店だ――にいて

詩を書くことについて考えている

何について書けばいいのだろう?

それはわたしにもわからない

とにかくわたしは考えたかったのだ

するととつぜん男がひとり

わたしのところに急ぎ足でやってきて

こう言ったのだ

「あんたのペンを貸してくれんか」

そいつは手に封筒を握っていた

「宛名を書きたいんだよ」

そいつはわたしからペンを受けとると

封筒に宛名を書いた

全身全霊をかたむけて

そいつはわかっていたのだ

わたしよりずっと

この詩を選ばれたのも、ご自身で詩作されている方です。一見すると、なんでもないような詩……と私なんかは思ってしまうのですが、自身で作品を書いている方にはとても刺さる詩だそうです。

まず、タイトルの〈象牙の塔〉ですが、これは詩人の心の中。詩的な言葉のみで詩を書こうとする頑なさなのではないかとのことでした。その、象牙の塔の中では何も書けなかった作者に、外側から言葉がやってくる。『日常に詩がある・生活の中に詩がある』という導きがあるというのが、この詩が言いたかった事なのではないかとのことでした。自身で作品を書いている方ならではの、貴重な意見でした。自分以外の見方を聞ける、ポエトリーカフェの醍醐味を感じました。

さて、飛ぶ鳥を落とす勢いだったブローディガンでしたが、1970年代後半はビート&ヒッピームーブメントの終焉ととに人気凋落、「忘れられた作家」となっていきます。

そして、1984年に49歳で亡くなってしまうのですが、冒頭に少し触れた谷川俊太郎さん翻訳の詩篇が書かれたのが1983年です。もしかしたら、ブローディガンにとって発表されている最後の詩篇かもしれません。親交のあった寺山修司の葬儀に参列した時の事が題材になっています。今の時点で、この詩を読む為には、1983年6月6日の朝日新聞の夕刊を、図書館などで調べるしか方法が無いと思われます。そう思うと幻の詩篇とも言えるかもしれません。ちょっと長いですが、最後まで読んで頂ければと思います。

  

『夜に流れる河』         谷川俊太郎訳

モンタナでピーター・フォンダの細君ベッキーにもらった灰色の上着、カウボーイの晴れ着といったところか、“盛装しなきゃいけないときだってあるものよ”、その右袖にここ東京で椎名たか子に借りた黒い喪章、“これで言うことなしよ”、“デモ僕ハ誰ニモイヤナ思イハサセタクナインダ”と私は答え、“そんなことありっこないわ、言うことなしよ”、“デモ僕は外人ダカラ”と私は答え、“大丈夫よ”、そこで生まれて初めての葬式に出かける。自分の国アメリカですら行ったことのない葬式、私は青山斎場にむかって歩き始める。


一キロほどもあったろうか

とても暑い午後

初めての葬式へ


……そして私は

青山斎場の中へと

流れこむのを待つ

夜に流れる河の

ただ中にいる

寺山修司に

さよならを言うために


沢山の人間が群れている

その数をみつもるのは

あんまり得意じゃないが

数千人は

いたにちがいない

黒を着て流れこんでゆく

寺山の思い出に一輪の

白い菊を

捧げようと


私たちは多すぎて

中へ入る前に外で

待たねばならなかった

照りつける陽差の下で


夜に流れる河

のように動いてゆく

沢山の人々の沈黙

こんなに静かな場所は

初めてだ


あんまり静かだったので

私は見た 一匹の黒い蟻が

前に並ぶ一人の男の靴の下に

はいこんでゆくのを


蟻は右足の靴の

踵と底の間を

通りぬけていった


黒い葬式の靴は

蟻の上にかかる

真夜中の橋のよう それから

蟻は男の

両脚の間にさしかかり


参列者の流れが

いっとき動きをやめた

もしすぐに動き出したら

あの黒蟻は自分の葬式に

参列することになるだろう


だが蟻ははい始めた

右の靴のときと同じように

男の左の靴の下を

通りぬけようと

そのわけは誰にも分らない


蟻から目を上げて

私は見た

斎場の建物の外の

不動の行列の先頭を


行列はまだ動いていなかった

だが蟻にとって

左の靴の下へはいこむまでの

男の脚の間の距離は

はるかなものだった

そして未来は

その蟻の旅のように

もろくたよりない


行列は動かない黒いガラス

と化して止まっていた

蟻が靴の下を通りぬけて

未来へとむかうまで

それから行列は自然に

動き出した

斎場の中へと

夜に流れる河のように


さようなら 寺山修司

  

 

読んでつくづく思うのは、実はまだ葬儀場に入る前の場景で、こんなにも豊かに書けてしまうという驚きです。寺山修司とブローディガンの個人的な関係を書いている訳でもありません。作品の半分は蟻(アリ)についての描写に終始しているにもかかわらず、寺山修司への畏敬の念が、詩から滲み出てくるのが不思議です。ちなみに、この詩で出てくる蟻ですが、結婚飛行を終えた直後の女王蟻なのではないかと私は指摘しました。実は、自分で女王蟻を飼育していた根っからの蟻好きでして。5月9日の寺山修司告別式が、ちょうどクロオオアリという日本で一番大きい蟻の結婚飛行の時期にあたると知っていたのです。蟻知識が、まさかここで役立つとは思いませんでした。寺山の死を悼む黒い行列と、自身の蟻王国の未来を背負う女王蟻。その二つが交差する場面を、捉えたブローディガンはさすがだなと思いました。訳してくれた、谷川俊太郎さんにも感謝です。

今回、何よりも勉強になったのは、『象牙の塔に遮られ』にも書かれていた、自分の固まった世界観をいかに開放するかという事です。心中にいつの間にか築いてしまっている“象牙の塔”のせいで、冒頭に書いた『凡庸な見方』を『ひねって書く』傾向につながってしまうのでしょう。

私の学んでいる先生も、「患者さん以外で、そして同業者以外で、親身に話せる友達を作っておくことが、フラットな視点を保つ為には大切」と語っていました。

私も、常にフラットで素直な視点を保てるようしていきたいです。ポエトリーカフェも、そんな自分になれる場所かもしれません。

最後に、もう一遍、息子の俳句を紹介しましょう。

 

おとんはね さいきょうの こどもだぞ

 

5歳の時の作品です。これは素直に喜んでもよいのか、はたまた皮肉なのか。未だに息子には聞けていません。

moriyan

上から寺山修司、ブローティガン、谷川俊太郎

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