ツキモリの吽 file9

『近代詩の伝道師に学ぶこと』

詩は楽譜ではないでしょうか。そう強く感じました。

近代詩の伝道師こと、pippoさん主宰の『ポエトリーカフェ』に参加してきました。1人の詩人の生涯を学びながら、気に入った詩篇を1人ずつ朗読していくイベントです。今回は大手拓次という群馬県出身の詩人を取り上げました。北原白秋の門下で、萩原朔太郎や室生犀星と共に三羽烏と並び称される詩人です。しかし、不幸にも生前は一冊も詩集を出版できなかった事が、あまり知られていない理由かもしれません。

私も今回初めて読みました。最初読んだ印象は、なんとなくナヨっとした印象があり、あまり好みではありませんでした。ポエトリーカフェ当日は、大手拓次の生涯を学びつつ、一人ひとりの朗読を聞きました。すると、最初に感じた大手拓次のナヨっとした印象ががらりと変わり、繊細な言葉の中に確かな強さを見いだしました。たしかに拓次は病弱で、眼も耳も歯も若い時から悪かったのです。その代わり、言葉へのこだわりはとても強く、練り上げられた詩篇を飛び立つ小鳥に見立てていました。彼の死後、遺志を継いだ詩友達の尽力により、詩集も全集も刊行されます。そして、ポエトリーカフェで、また今の人々にも朗読される……つつましくも強く生きて、私の眼にまで飛んできた、小鳥の様な大手拓次さんの詩篇に、勇気をもらったように思います。

大手拓次さんの、心に残った詩篇を載せます。

『手のきずからこぼれる花』 大手拓次

手のきずからは

みどりの花がこぼれおちる。

わたしのやはらかな手のすがたは

物語をはじめる。

なまけものの風よ、

ものぐさなしのび雨よ、

しばらくのあひだ、

このまつしろなテエブルのまはりに

すわつてゐてくれ、

わたしの手のきずからこぼれる

みどりの花が、

みんなのひたひに心持よくあたるから

鍼灸師にとっても大切なことなのです。録画も録音も出来ない時代、鍼灸師の名人達は技術のコツを、口伝や道歌という短い言葉で表現したのです。1つ例を挙げてみましょう。

『針刺すに 心で刺すな 手で引くな 引くも引かぬも 指に任せよ』

これは、杉山流という江戸時代から続く流派で大切にされている道歌です。有名な道歌なので、鍼灸学校でも教わります。学生時代、私も初めて読んだ時は、「ふーん」という感じでした。改めて今、声に出して読んでみると、「心とは何か?」「手と指はどう違うのか?」など、色々疑問が湧いてきます。

道歌や口伝も、楽譜に近いものと言えるでしょう。技術で実現してこそ真価が出ます。上辺だけで分かったつもりにならず、先人の言葉に込めた思いを模索し続けること。それは、高い山を遠くから眺めて悦に浸るのではなく、裾野から分け入って山の頂を目指すような行為でしょう。それは、治療の効果として患者さんの為にもなる筈です。pippoさんのように、周到に調べ、真摯に学ぶ姿勢を、鍼灸の研究にも活かそうと思います。

moriyan

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