ブラタモリ下北沢に現る!
4月22日放送のNHK『ブラタモリ』で待望の下北沢が深堀されていました。結論から先に言ってしまうと、下北沢はかつてお灸で人気な場所で、お茶の名産地としても栄えた土地だったのです。番組のサブタイトルは「下北沢~なぜ若者は“シモキタ”で夢を見る?~」どうして、夢見る若者を魅了する街になったのでしょうか・・・月森庵の開業に至る動機も思い起こし、これまで言葉で表しきれなかったカオス・シモキタの魅力を、見事にタモリさんがブラブラ歩いて解き明かしてくれました!!
シモキタの地形的な魅力
タモリさん、まずは下北沢南口商店街へ進み、珍しい六差路へ!高い台地と川が削った谷の入り組んだ、複雑な地形がよく分かる場所。この地形が、下北沢らしい町並みを生みました。タモリさんが訪ねた〈六差路のすき間にある細長い古着屋さん〉は、なんと昭和の古着の専門店でした。このように、下北沢はひしめくように小さな店がたくさん出来て、夢を見る若者が店を出すにはもってこいの場所だったのです。
当初の月森庵にとって “古き良いもの” と “新しい感覚” を持ち合わせ、オリジナルな表現のできる個人店が立ち並ぶ街というのが重要でありました。同時に、若い人へ鍼灸の魅力を伝えるためにも、治療院開業の理想的なロケーションでありました。
シモキタの歴史的な魅力
江戸時代の絵図を見ると現在の駅周辺には何もありません。さて、何もない下北沢で有名だったのが〈お灸〉だったのです!お灸をする場所は治療院ではなく南西口の改札口から十数分の場所、〈森巌寺(しんがんじ)〉というお寺です。「狂歌江都名所図会」を読んでみると、「鍼師の手を尽くしたる 病ひさへ治る北沢淡嶋の灸」。医者も治せなかった病気も治せた淡嶋の灸。お灸を受けたい人たちが、江戸中からはるばる下北沢まで来ていたのです。石碑に記された地名を見ると江戸の中心に住む人々の往来や寄付が多かったことまで分かります。
月森庵はたまたま、下北沢の土地を選び鍼灸治療院を開きました。実は昨年、森巌寺の「粟嶋の灸」の看板を目にしたときは「いつの時代の看板だろうと?」と、どこか頭の隅では気になっていました。これが、まさか江戸時代にまで遡るとは知らなかったのです。番組を通して下北沢のお灸の歴史も新たに知ることができましたが、自分でも〈淡嶋の灸〉をもっと深く調べてみようと思います。
ブラタモリで紹介された江戸時代のお灸の絵画は、お灸をお箸で据えている風景でした。一方、月森庵で主に使うお灸は、灸頭鍼という、刺した鍼の頭にお灸を載せるというやり方です。鍼で凝りをゆるめたところをさらにお灸で温めます。お灸は皮ふ上で燃焼させるもぐさではなく、新しいタイプの炭のお灸なので煙が立たず火傷もしない。優しくじんわり温めます。時代が変わればお灸の風景も変わりますね。
著作者 Kentin, CC BY-SA 4.0 ウィキメディアより 森巌寺 (世田谷区) – Wikipedia
続いてドラマ「silent」の聖地としても話題になった世田谷代田へ。タモリさん、齋田記念館(齋田家)に到着。地形は高台。下北沢に富をもたらして発展していった“あるもの”とは何なのか、タモリさん考えます。それは意外にもお茶でした!ここで〈栽培された荏原(えばら)茶〉が、当時は国内でも評価を得て、ニューオーリンズの博覧会でも受賞したそうです。
月森庵という屋号は、千利休の待庵という茶屋にもインスパイアされました。「庵(いおり)」とは、僧や尼が世間から離れて静かに暮らすための家のこと。後に「○○庵」と使って、文学に携わる人・茶道に通じる人などの名前や住居を表したり、料亭の屋号に使われたりするようになった言葉。下北沢がかつてお茶の街だったことにも驚きました。月森庵で患者さんにも荏原茶をお出しできたらいいのになと想像しました。
シモキタの文化的な魅力
そして番組では、街の原点という〈築60年のビル〉を紹介。下北沢に残る最も古いビルと言われ、古くなった建物が安く貸し出され、若者が古着屋などを出店しやすい「住居兼店舗」が特徴とのことでした。
1960~70年代に流行したヒッピー文化(既成の生活様式や道徳観に反抗)もまた、古着の人気につながっていった風潮も紹介され成程と思いました。
個人的に大学時代、この1960~70年代に青年期を過ごした人達の中に尊敬する人物や恩師が多くて興味があり、青春時代について尋ねる聞き取り調査をして論文にもまとめていたので、自分の中でも繋がりました!いつかこの辺りのテーマも改めてまとめてみたいと考えています。
そして、いよいよ1980年代には劇場がオープン。こうして下北沢はサブカルチャーの愉しめる若者の街へ。現在の演劇、音楽、ファッション…いつの時代も若者が憧れる街へと発展していったということです。
シモキタの鉄道路線的な魅力
月森庵が下北沢で開業しようと考えた一番の確信は、路線的なアクセスの良さでした。
ブラタモリでは、「では何故そのようなアクセスの良い路線図になったのか?」まで追求。〈小田急線と井の頭線が交差!きっかけは壮大な鉄道計画「第2山手線」にあり〉とのテーマが大変面白かったです。詳しく知りたい方は、有料「NHKオンデマンド」や「U-NEXTでNHKオンデマンド」の配信を見てくださいね。
今後の展望
番組紹介によりシモキタの〈地形的・歴史的・文化的・路線的〉な魅力を再確認しました。
月森庵に来てくれる方からも「最初は何で下北沢で鍼灸治療院を開業??コロナ禍で大丈夫!?って思ったけど、来るたびに駅前の景色が変わっているのにびっくり。南西口も今までなかった場所に新しいお店が続々オープンしたわね。今だからこそ下北沢のこの場所を選んだのが分かったわ~」と言ってもらえて、大事にこだわって考えてきたことを多くの方と共有できて嬉しく思いました。
下北沢の2000年代初頭というのは再開発にあたって大規模な反対運動がありました。しかし、世田谷区長に保坂展人氏が初当選してからは地域住民と店舗、小田急電鉄、行政とが会議をし、下北沢特有のカルチャーを存続させるためのさまざまな配慮のもとに開発を進めるよう、軌道修正がされたそうです。かつてのシモキタらしさの喪失に寂しい声もあるものの、新たなスタイルのユニークな商店街やまちづくりが表現されて、結果的に広く人々へ受け入れられました。したがって、古いものを大切にしながらも新しいものを受け入れつつ、再開発した街としても下北沢は成功例だそうです。
月森庵の治療は、古典鍼灸ですが、なるべく現代人の感覚や生活に寄り添った施術内容になるよう工夫してきました。まずは痛そう恐そう怪しい、というイメージを変えたいと思い、オーダーメイド治療、芯から感じる温かさ、優しい刺激、全身が巡る心地よさ、という観点を施術で実感して頂けることを大切に、温故知新の姿勢で表現してきました。
今年の6月で治療院が4年目を迎えます。今後の展望として「古典理論と臨床とがしっかり結びついた治療」を目指し、毎週第三日曜の午後から治療院の休診を頂き、治療家の恩師や先輩、仲間と共に研修に出席し、「古典医書の研究・丁寧な臨床実技・臨床報告や研究発表」で治療技術に磨きをかけていきたいと思います。目の前で悩み、苦しんでいる患者さんに少しでもより良い鍼灸治療が施せるよう鍼灸師としてのレベル向上に努めてまいります。ご不便をお掛けしますがしばらくの間、宜しくお願いいたします。
最後に、月森庵ならではの体験としては何を提供できるかなと考えますと…刺さない美容鍼、足湯炭酸泉、灸頭鍼、ツキモリギャラリー、きんじょの本棚というのも行っています。ぜひ下北沢へお越しの際には、お買い物や観劇、お友達と遊びの前でも後でも、はじめての方も、それらを気軽に体験しに来てもらえたら嬉しいです。
tsukiyan

